──静まり返った広間に、康政の声が響いた。
「まず調べましょう。織田に申し開きをするにも、向こうの挙げた話がまこと根も葉もない嘘であるかどうか。それを調べねば、無実であると出られませぬ」
康政は岡崎に急いだ。調べが進むほど、今回の件が、織田の言いがかりであることが明白になった。瀬名は信康の側室に、2人の女を立てていた。武田の元家臣の娘ではあったが、両家とも今は徳川に下り、忠実な家来となっていた。徳姫に、実家に何かを讒言した様子はない。
織田が信康に、家康と同じ
康政「私見ではございますが、それがこたびの言いがかりのきっかけになったのではと…」
康政はそう言うと、報告を締めくくった。
忠勝「取り込めぬなら、いっそということか」
信長への怒りと呪詛を吐き散らすような声で、本多忠勝が言った。
信康にふさわしい側室が見つかったという文が瀬名から届き、直虎はほっと胸をなで下ろした。前の文を無視したことが、ずっと引っ掛かっていた。直接会って祝いを述べようと、直虎は岡崎へ出向いた。
再会に喜びの声を上げる瀬名の顔は明るかった。
「15年ぶり、いや、もっとにございましょうか」
瀬名は浮き立つような声で、今日からこちらへ家康が移り、信康が浜松の城に入ることを話した。
瀬名「信康が生まれて以来、岡崎は不安になっておったのです。そこを、信康に本城をお任せしようと殿が言うてくださり」
直虎「信康様は、やはりまごう方なきお跡継ぎであると、内外に示すということか。…よかったのぅ」
瀬名は笑顔で、はい、とうなずいた。そのとき廊下で、乱れた足音と、切迫した声がした。
「榊原殿、何をなされます! 殿、これは!?」
瀬名と顔を見合わせ、直虎は廊下に出た。数人の男に捕らえられた信康の姿があった。浜松城で見たことのある男が、落ち着いた声で告げた。
「武田と内通したるかどにて、信康様を大浜城へ幽閉のうえ、死罪とすることとなった」
ふらりと前に出る瀬名を、直虎は声もなく見ていた。
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