織田家から嫁いだ正室・徳姫には2人の娘がいたが、信康の跡継ぎとなる男はいない。一方、家康に男児・長丸が生まれたことは直虎も伝え聞いていた。それで瀬名は焦り始めたのだろうか。嫡男に恵まれない我が子・信康が、徳川家の世継ぎの座を長丸に奪われるのではないかと…。
お家騒動のにおいがした。君子危うきに近寄らず──。瀬名には申し訳なかったが、直虎は側室探しには関わりを持たないことにした。
7月になり、家康は思い切った策を評定にかけた。
「信康様は浜松城に、殿が岡崎城に入られるのですか」
驚きを浮かべる酒井忠次に、家康は泰然と返した。
家康「岡崎にはずいぶんと入っておらぬし、どうであろう」
忠次「しかし、殿が本城を開けるといいますのは…」
家康「信康は織田の娘婿。浜松を任せるとなれば、織田の覚えもよかろうと思うがな」
ああまで織田に気を遣わねばならないのか。末席に控える万千代は、半ばあきれて家康を見ていた。
「ちょうど安土城が出来上がったところ。お祝いに上がるとともに、その旨を織田様にお伝えするがよい」
選りすぐった駿馬を祝いの品とし、忠次は安土城へ向かった。すべてが丸く収まるはずだった。ところが忠次は、信じられない話を持ち帰ってくるのである。
「それで、信康様が武田と通じておると認めたと。信康様を斬るなどと請け負うてきたと申すのですか!」
浜松城の広間に、大久保忠世の怒声がとどろいた。うなだれていた忠次も、顔を上げて叫び返した。
「ああ言わねば、徳川ごと反旗を翻したと言われんばかりじゃった!」
──安土城の豪華絢爛な一室で、上機嫌で馬の礼を述べる信長に、忠次は平伏し、礼を尽くして応じた。
忠次「めっそうもないことにございます。今日の徳川があるは上様のおかげと、わが主人からにございます」
信長「なのに、何ゆえ徳川殿は余を欺こうとするかのぅ」
その刹那、襖が閉じられた。同席する明智光秀が、一通の書状を忠次の眼前に突き出して言った。
光秀「徳姫様より書状が届いた」
そこには十二箇条に及ぶ、信康の悪行愚行がずらりと書き連ねられていた。
「信康殿は徳姫様に断りもなく側室を置き、ないがしろにしておられる。これはまことか」
返す間もなく、内通は? と信長が畳み掛けた。
信長「書状によると、信康殿は武田と通じておるとのことなのじゃが、これはまことか」
忠次「いや、まさかさようなことは…」
信長「岡崎は先だっても内通者を出したばかり。そのうえ、浜松に男子が生まれた。立場を危うく思うた岡崎が謀反を考えるのは、ない話ではなかろうと思うが。もしや浜松の指図で、岡崎に内通をさせておるのか?」
忠次「め、めっそうもないことでございます! 浜松は織田に忠誠を誓うておりまする!」
信長「では、これは岡崎が、信康が勝手にやっておることと。そう考えてよいのじゃな?」
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