直虎「しの殿は、松下のお家に差し上げまする」
龍潭寺を訪れた常慶に言った。
直虎「しかし、一つだけ望みがある。徳川が攻め入ってきた折、われらは城を明け渡し、逆らいはせぬ。されどその先、兵を出すこともせぬ」
常慶「…徳川に加勢はなさらぬ、と。しかしそれでは、新たな地の安堵などはできかねますが」
直虎「今以上の安堵は望みませぬ。…井伊の目指すところは、民百姓一人たりとも殺さぬことじゃ」
常慶「…それが井伊の戦い方なのでございますね」
直虎は強く頷いた。
夏になり、しのは松下家へ嫁いだ。
虎松を井伊の居館に迎え入れ、優しく語りかけた。
直虎「今日からは、われがそなたの養母となるが、母とは思わんでよい。われには、しの殿の代わりはできぬし、われのことは父と思うてほしい」
虎松「…はい!」
井伊家の宝は元気よく答えた。
その頃、駿府では事件が巻き起こっていた。
武田家家臣・山県昌景が駿府を訪れ、「遠江を割譲しろ」と言ってきたのだ。
山県昌景「今川様は当家と和睦をなさったにも関わらず、上杉と結ばれておるらしいとのこと。しかしながら、遠江を武田に渡してくだされば、忘れてもよい、と我が主は申しております」
すると、廊下に干し首が二つ転がった。
そこには今川の家臣・朝比奈泰勝が鬼の形相で仁王立ちしている。
朝比奈家は代々今川に仕えており、泰勝は氏真の忠実な側近でもある。
泰勝「そちらが調略された当家の家臣の首じゃ! 和睦を破っておられるはどちらか! 主に問うてみるがよろしい!」
山県昌景「…は。では、さようにいたします」
山県昌景はしてやったりという表情で、干し首と共に帰っていった。
これにより、今川と武田の決裂は決定的なものとなった。
とにかく戦に持ち込みたい信玄の策に、見事に乗せられてしまったのだ。
関口「なんということをしでかしたのじゃ! 太守様が必死に戦を避けようとしておられたことは承知であろうが!」
泰勝「あまりの言いぐさに、腹を据えかねて…」
氏真「…もうよい。余とて思いは同じじゃ。もはや、戦しかあるまい」
さすがの氏真も腹をくくっていた。
氏真「上杉、北条を味方とすれば負けるとは限らぬ。国衆どもを呼び、戦備えを申し付けよ! 内通が明らかとなった者はためらわず斬れ!」
関口「大方様が言い残されました、例の井伊の件はいかがしましょうか」
氏真「進めよ」
寿桂尼が残した死の帳面。
女傑が仕掛けた罠が、井伊に降りかかろうとしていた。
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