徳川軍は遠江を攻め進んでいる。
12月半ばには引間城(のちの浜松城)に入城した。さらに氏真の籠もる掛川城へと兵を進めようとしていた。
徳川の陣で軍議が開かれ、酒井忠次、石川数正ら重臣たちが顔をそろえた。そこには井伊谷三人衆──近藤、菅沼、鈴木も参じている。
忠次「山沿いの国衆は戦わずして下るところが多いな。ありがたい話じゃ」
そこに、山伏の常慶が現れた。
忠次「こたびは引間での調略、大儀であった」
常慶「は。先頃、井伊のほうがもめたと伺ったのですが、一体…」
自分が仲立ちした井伊の噂を耳にして、気になっていた。
忠次「おぉ、思わぬ手向かいがあったが、そこにいる者たちがうまく図ろうてくれての」
近藤たちが頭を下げた。
すると、常慶が手に持っている鉄砲に、忠勝が目を留めた。
忠勝「その種子島はなんじゃ?」
常慶「徳川に戦道具や兵糧をお納めしたいと申す者が来ておりまして。お目通りさせてよろしいでしょうか」
家康が喜色を浮かべた。
家康「それな何よりありがたい。早うその者を」
促されて、商人とその家人が入ってきた。山のように武器を荷車に積んでいる。
「おおお!」
一同が興奮して声を上げた。それぞれが武器を手に取って確かめている。
商人「このほかにもご入り用のものがございますれば、なんなりとお申し付けくださりませ」
商人は高価な織物の羽織袴を身につけ、全身金色尽くしの格好だ。
家康「おぬしはどこの商人じゃ」
商人「よくぞお訊きくださりました。それがしは商人にして気賀の城主・瀬戸方久と申します!」
直虎は依然1人で碁を打ち続けている。
龍雲丸「…ありゃ、何をやっておられるんですかい?」
南渓「近藤殿のたくらみを潰す策を考えておるのだそうじゃ」
龍雲丸「なんでさぁ、その話は…」
南渓「次郎の中では、どうもいまだ徳川はおらぬようでの。かつ、こちらは近藤のたくらみを前もってつかんでおるということになっておるようじゃ。その対処を但馬と話すと言うておる」
龍雲丸「但馬様と?その但馬様も生きてるってぇことに…」
直虎の中で、政次はそれほど大きな存在だったのだ。
龍雲丸「言うてやらねえんですか? まことのことは」
南渓「言葉の端々ににじませておるのじゃが、信じぬというか、そこだけ聞こえておらぬというか…」
これまで苦境を救ってきた南渓だが、今回は途方に暮れている。
龍雲丸「らしくねぇなぁ、和尚様」
南渓「あいつを城主にしたのはわしじゃからの。かようなところまで追い込んでしもうたと思うとな…」
龍雲丸「ああやってる分には辛そうでもねえし、本人は案外幸せなんじゃねえですかね。あわれだってなぁ、こっちの勝手な見方でさ」
話し声に気付いたようで、直虎が廊下に出てきた。
直虎「頭ではないか。久しぶりじゃのう。近頃は何をしておったのじゃ」
やはり牢の中での政次の言葉を伝えたことも、本当に覚えていないようだ。
龍雲丸「…何も。気楽なもんでさぁ」
直虎「そうか。ええのぉ。われは忙しゅうての」
そう言うと、また碁盤に戻っていった。
龍雲丸は、直虎の後ろ姿を痛々しい思いで見やった。
すると、南渓が思案顔で言った。
南渓「頭。老婆心じゃが、気賀の動きを一度確かめておいたほうがよいぞ。戦は何が起こるか分からぬ。巻き込まれぬように」
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