南渓(小林薫)「わしに、庵原殿のご嫡男との密談を取り持てという話か」
直虎「表立って面会を申し出れば、いらぬ角を立てますゆえ。和尚様ならうまく誘い出し、お話しすることができるのではないですか?」
南渓「それはできようが…どうにもこうにもこの方ではという折には、どうするつもりじゃ?」
直虎「一度は嫁がせるにせよ、何かしら理由を見つけ、下がらせるという手も考えられましょう」[pc]
ある寺で、庵原助右衛門朝昌との面会の場が設けられた。
南渓が初対面の挨拶をしている最中、朝昌は直虎をじっと見つめていた。
朝昌「このお方が、あのおとわ様かと。先代の太守様の下知を書き換えさせた、あっぱれな女童と」
直虎「お恥ずかしい…あれは皆様のご恩情あってこそのお沙汰と身にしみておりまする。まさか、さようなことをご存知の方がおられるとは」
朝昌「今、直虎様を知らぬ者は駿府ではおりませぬ。女だてらに家督を継ぎ、一風変わった策で井伊を治めていらっしゃる。おもしろきお方、そして、捨て置いては恐ろしいことになるかもしれぬ、と」
直虎よりかなり年下にもかかわらず、朝昌の落ち着いた物腰に、直虎は驚いた。
朝昌「それがしは、直虎様のお目にはかないましたでしょうか」
直虎「お見通しでございましたか」
朝昌と直虎はともに笑った。
朝昌「どうか井伊様には、泥舟から逃げ出すばかりではなく、泥舟を今一度堅い舟にすることもお考えいただけませぬでしょうか」
直虎「われなどをさように思うていただいて、ありがたいことでございます。ご期待に沿えるよう、微力ながら尽くしてまいりたいと存じます」
笑顔のまま、直虎は続けた。
「と、言うはやすいが、人というのは弱いものじゃ。さて戦となり、己の命すら危ういとなったときに、忠義を貫き通す自信があると、われには言い切れぬ。…庵原殿は自信がおありか」
朝昌は迷うことなく、ございます、と言い切った。
朝昌「最後まで忠義を尽くした者こそ、敵にすら惜しいと思うてもらえるのではございませんでしょうか。それがしはそう思うております」
直虎たちは居館に戻り、桜と話をした。
直虎「実にまっすぐな、気骨のある若者であった。今、庵原の家に嫁ぐことは、諸手を挙げて喜べることではない。じゃが、あのお方を夫に持つことは幸いなことではないかと思うた」
直虎が晴れやかな顔を向けると、桜は深々と頭を下げた。
桜「ありがとうございます。頼りなき私にございますが、庵原のお家のため、そして井伊のお家のため、できるかぎりの働きをいたしたく存じます」
桜が去ったところに、高瀬(高橋ひかる)が着替えを持ってきた。変な違和感を感じた直虎は、高瀬に尋ねた。
直虎「…たけは?」
高瀬「里に下がりました」
近くにいた祐椿尼が付け加えた。
祐椿尼「耳も遠くなり、勘違いも多くなったからと。後ろ髪を引かれるゆえ、殿には会わずに行くと」
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