その後、何日もの間、次郎は何をどう過ごしていたのか思い出せなかった。
不意に読経の声が聞こえてきた。
直親たちの葬儀が行われているのだろうか。
私も経をあげなければ。
そう思っても体が動かない。
おとわ、あの経を聞かせてくれぬか。
直親の声が聞こえた。
次郎はその場で経に唱和しようとした。
しかし、喉が詰まり、一言も発することができなかった。
松平家との結託を疑った今川氏真(尾上松也)の追及は、すさまじいものだった。
まだ2歳の直親の子・虎松を殺せと命じてきたのである。
左馬助「それがしが駿府へ参ります」
新野左馬助(苅谷俊介)が言い出した。
左馬助は、次郎の母方の伯父で、今川から遣わされている目付だ。
左馬助は切腹覚悟で氏真と対面し、虎松の助命を許された。
ただし条件がある。
直平が戦に出ることだという。
次郎「おおじじ様は70を越えているではございませぬか!何ゆえにそんな…」
直由「井伊にはもう、戦の采配ができる男は、われら以外におらぬのです」
次郎「お三方がいなくなったら、井伊はどうなるのでございますか?」
直由「われらは必ず戻ってくる。仮にそのもしもが起こったとしても、それはもはや天命じゃ」
直平は、達観したように微笑んでいる。
次郎には、その笑みが不吉に思えた。
その年、今川家に反旗を翻した国衆を攻めるために、井伊家にも出陣要請があった。
出陣した直平は、陣中で不審な死を遂げた。
毒殺とも囁かれたが真相はわからなかった。
その1年後、左馬助と直由(筧利夫)は、別の戦であっけなく討ち死にした。
平安の昔から500余年にわたって続いた井伊家は、断絶の崖っぷちに追い詰められていた。
永禄8(1565)年の春。
直親殺害を今川とともに企んだのではないかと噂になっていた男が帰ってきた。
駿府に行ったきり戻っていなかった政次(高橋一生)だ。
当主不在の井伊家で、政次は祐椿尼(財前直見)と対面した。
政次は、新しい3人の目付と引き合わせると、とんでもないことを口にした。
政次「太守様のご意向により、それがしを虎松様の後見としていただきます」
祐椿尼「お待ちなさい!
いくら太守様でも井伊の家督に口を挟むことはできぬはずです!」
政次「家督は虎松様。
それがしは、ただの後見にて。
これはお下知にございます」
祐椿尼は、南渓(小林薫)を頼るべく龍潭寺へ向かった。
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