策士
数日後、上田平に築かれていた城が完成した。上田城である。敵を寄せ付けない堅固な造りで、以後、真田の拠点となる。
正武が、落成の祝いに駆けつけた。
「これは誰のための城じゃ」
「もちろん、われら国衆のため」
正武は本心を探ろうとし、昌幸は気取られまいとし、どちらも目を揺るがせずに見つめ合った。
昌幸は、正武に不信を抱いている。信尹の知らせでは、家康から浜松城に呼び出され、密談が交わされた節がある。もし、正武に何もやましいことがなければ、浜松での話をするはずだ。昌幸、昌相、信幸らでそれとなく確かめることになり、信幸が苦肉の策で浜松のうなぎを話題にした。
「浜松など、ここ十年、行ったことがない」
正武は明らかに動揺し、そそくさと帰ってしまった。やはり、家康と何かたくらんでいるのだろう。
正武は再び浜松城を訪れ、正信と会った。
「やはりわしにはできませぬ」
「それは弱りましたな。あるじに、室賀殿が進んで安房守暗殺を買って出たと伝えましたところ、いたくお喜びでございました」
徳川が後ろ盾になると約束し、暗殺者を二人、正武の助勢に付けると言う。正武はいつしか徳川に縛られていた。
正武がまたも浜松城を訪れたのを知り、昌幸、信幸、昌相、内記が額を集めた。一体、何がねらいなのか。真田の座を奪うにしても、今の正武が戦を仕掛けても勝ちはない。となると、別の手を使う。昌相の目が鋭くなった。
「暗殺」
さしずめ家康にたきつけられたのだろうが、正武が命を奪いに来るなら、真田は逆襲に転じるしかない。その判断を、慎重にしなくてはならない。
ところで、この場に信繁はいない。梅が上田城に引っ越してきて、あれこれ仕切っている。昌幸がひらめき、昌相が察してうなずいた。
「源次郎に祝言を挙げさせ、正武に案内状を送りつける。ヤツもよい機会と食いついてこよう」
「祝言の席を、血で汚すおつもりですか。父上!」
信幸がたまらず唱えた。
だが昌幸は、正武が命をねらいに来るのか否かを見極めるためだと、信幸の反対を押し切った。
信幸は重い気持ちを引きずって信繁に会い、昌幸の気が変わったとだけ伝えた。
「源次郎の初めての婚儀、ごく近しい者だけへの披露目として、やはり祝言を挙げさせたい、と仰せだ」
祝いの席を隠れみのにどんな陰謀をくわだてているかなど、事が済むまでは信繁の耳に入れたくない。
祝言
祝言の日となった。梅が支度をしている間、きりは落ち着かず、源次郎に要らない世話を焼こうとする。梅は黙っていられなくなり、きりを別室にいざなった。
「源次郎様は私の旦那様になられたんです」
梅は意地悪で言ったのではない。何かせずにはいられない、きりの気持ちが分かるのだ。
「きりちゃんは、今もあの人のことが好きだから」
きりは図星を指され、ぷいっと出ていった。
信繁と梅は固めの杯を交わし、そののち、大広間にてお披露目の宴が催された。近親者のほか、客人として正武が列席している。
酒宴がたけなわになったころ、昌幸が碁石を打つしぐさをして正武を誘った。
「久しぶりに、やらんか」
「わしに勝ったことがないではないか」
囲碁では正武が強いが、このところ昌幸は片ときも碁盤を離さず、それなりに腕を上げている。
昌幸は、正武と連れ立って居室に入った。
同じ時分、正武の家臣という名目で別の一室に待機していた刺客が、昌相の手にかかり絶命した。
昌幸と正武の対局が始まった。信幸は次の間に控え、昌相と内記は隠れ部屋に入って、のぞき窓から昌幸と正武に目を配っている。
大広間では、酒宴がにぎやかに続いている。梅がふと目をやると、きりが廊下でぽつんとしている。
「きりちゃん、こっちに来て」
梅が声をかけた。だが、きりは気持ちがこじれたのか、背を向けて立ち去り、別の廊下に座り込んだ。昌幸の居室のすぐ近くだった。
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