その武将──今川氏真の屋敷に出向き、直虎は正面から疑問をぶつけた。
直虎「井伊にお預けになった子についてお聞きできますか。こちらはその子に無理やり吐かせることも、場合によってはどこぞに引き渡すこともできますが」
氏真は諦めた顔になった。子どもの名は
直虎「明智? 何ゆえさような子を井伊に…」
そこからの話を、直虎は信じられない思いで聞いた。光秀は旧知である氏真に、こう持ちかけたのである。
光秀「太守様。ともに信長を殺さぬか」
信長は家康とおもだった家臣を織田領へ招き、皆殺しにするつもりでいると光秀は続けた。氏真は問うた。
氏真「まことの話なおんか、それは」
光秀「まことじゃ。なぜなら、その供応と暗殺を任されおるのは、わしゆえにな。その運びを考えておるうちに、家康を殺すための策を使い、信長を殺すという策を考えついたというわけじゃ」
氏真「…わしに、何を手伝えと」
光秀「この策は徳川がおとりとなって、のこのこと出てきてくれねば成り立たぬ。その橋渡しをお頼みしたい。わが息子を人質に出す。それでどうだ」
あの子が井伊谷に置かれた理由が、それで分かった。
直虎「人目につかず、何も知らずとも子を預かってくれるであろうところは井伊、ということにございますか。…それで、その話に徳川殿は乗ると?」
確たる返答はまだ得ていないと氏真は応えた。
直虎は無言で今川の屋敷を退出した。そして、その足を浜松城に向けた。次第に足運びが速くなった。
家康「…ご存じなのか」
家康がそれだけを聞いた。直虎はうなずいた。
家康「井伊に人質を預けたというのは…?」
直虎「まことにございます。明智はまことやるつもりかと。しかしながら私はこの件、織田に申し出ようかと」
目をむく家康に、直虎は重ねて言った。
直虎「さすれば明智は成敗され、徳川様はとりあえずは無傷、覚えもめでとうなるやもしれませぬ」
家康「いや、しかし、こたびの件のみならず、織田はいつかは徳川を潰そうと考えてはおるわけで──」
直虎「では明智の策に乗り、信長を亡きものにしてしまいたいと? では、そのあとは?」
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