このとき直之が手柄をあげる。六左衛門と人足らの雑談に、引っ掛かりを感じたのがきっかけだった。
「井伊の竜宮小僧の話をしておったら、同じような話がそこここにあるらしく」
スケどん、たんだぼっち、河三郎。最後の名に覚えがあった。高瀬様の生まれ育った土地ではそう呼ぶと聞いたことが…。待て、高瀬様はどこから来た?武田の里ではなかったか?2人は、「河三郎」と口にした人足を捕らえ、万千代の前に突き出した。
「武田の放った間者であったらしい」
万千代は満面に笑みを浮かべて人足らを見た。
「お前ら、もはや武田には戻れぬであろう。話によっては、俺のところで抱えてやってもよいぞ」
高天神城の水の手を切れば、敵方の降伏が早まる。万千代はそう考えていた。それには、いくつもある水源を知らねばならない。笑顔のまま、万千代は問うた。
「高天神の井戸は、どこにあるか知っておるか?」
万千代から届いた文を読み、直虎は驚倒した。
「こ、こたび、高天神城の水の手を切ったことにより、ご加増を受け、2万石になったと」
南渓、昊天も、文字通り飛び上がった。
「それではもう井伊谷と変わらぬではないか!」
文の続きを、直虎は声に出して読んだ。
『ついては、中野と奥山をこちらで召し抱えたい。これは徳川の殿の望みでもある』
2人を行かせるには、主である近藤の許しが必要となる。が、同じ徳川に仕える身、そこはなんとかなるだろう。今は万千代の胸中を知りたい…。急ぎ旅支度を調え、直虎は高天神へと向かった。
「…敵を味方とする力」
「まぁ、実のところは戦いたくないのですよ。殿は。戦が全くお好きではないそうで」
万千代が語る家康の考えに、直虎は深い共感を抱いた。かつて政次と2人、戦わぬ道を必死で模索したことが思い返され、涙さえ滲んだ。
「強くなるとよいのぅ、徳川が。戦の嫌いな方が強うなれば、戦のない世が見られるかもしれぬ」
「しますよ、俺が」
いくぶん胸を張って万千代が言った。
「徳川を日の本一、殿を日の本一の殿にします。俺の仕える殿なのですから。なっていただかねば困ります」
自信にあふれ、ふてぶてしくも見える表情に、確かな成長が感じ取れた。直之と六左衛門を万千代のもとに送ることを、このとき直虎は決意していた。
長引く籠城戦に、突如、変化が訪れた。
「一大事にございます。高天神より、ただいま降伏いたしたいとの矢文が飛んでまいりました!」
矢文には、城兵の助命がかなえば、高天神のみならず、武田方が守ってきたほかの城も明け渡す旨が記されていた。徳川の完勝に近い条件である。
だが──。
陣中で開かれた評定の場を訪れた織田家の使者は、思いもかけないことを口にした。
「降伏を受け入れてはならぬ。高天神は、力攻めで落とすようにと織田様のお指図でござる。不服とあらば、ここからは織田が戦を替わってもよいが」
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