浜松城で事件が起こった。
普段は温厚な本多忠勝が、背後からノブを締め上げたかと思うと、玄関の土間に頭から叩きつけたのである。
忠勝「今すぐ出て行け! この恥知らずが!」
忠勝は刀まで抜き放っている。
ノブはじりじりと後ずさりして離れながら、引きつった顔で訴える。
ノブ「大久保様のお引き立てで…殿もこちらへと…もう10年も前のことではございませぬか!」
忠勝「出て行けと言うておる!」
そこに榊原康政が現れ、2人の間に割って入った。
康政「こらえてくれ。お前の気持ちは殿にお伝えするゆえ、頼む。俺の顔に免じて…!」
忠勝は刀を鞘に収めると、足音荒く立ち去っていった。それを確かめてから歩きだす康政を、万千代は慌てて追いかけた。
万千代「榊原様、あの者は一体…?」
康政「あやつは三河の一向一揆で門徒側に加わり、殿に刃を向け、挙句の果てに他国へ逃げた者じゃ」
本多一族の者で、名は正信。忠勝からすれば斬って捨てたいような、身内の大恥なのだという。
万千代「何ゆえ、さような者をわれらの下に…?」
康政「殿のご差配じゃ。そなたらが口を出すことではない」
立ち去る康政を茫然と見送るだけの万千代だった。
その頃、武田がまたしても動きを見せ始めた。
信玄の喪に服してしばらく自重していた嫡男の勝頼だったが、ついに行動を再開した。三河、遠江に侵攻すると、徳川方のいくつもの城を次々と落としていった。そして、主要な城である長篠城を2万余の兵で包囲していた。
康政「石川殿。織田はどう言うておるのじゃ」
数正「あまたの援軍をよこしてくださるそうです。しかしながら、徳川に急ぎ調えてもらいたいものがあると」
織田方が調えてほしいものとは、3千本もの丸太であった。万千代はそれを、ノブを通じて大久保忠世から聞き出した。忠世は、正信の徳川家帰参に力を貸した人物であり、2人は今も懇意にしている。
俺にも運が巡ってきた。
万千代はほくそ笑み、家康への強引な注進に及んだ。
万千代「武田攻めのお話を小耳に挟み、私にもお役に立てることがあるのではないかと」
井伊が以前、材木を商っており、その折に手だれの者たちを雇い入れたこと、そのときの技は、今も井伊谷の者に受け継がれていることを万千代は話した。
万千代「それがしにもぜひ、一部材木の手配をお申し付けいただけませんでしょうか」
家康「…で、そなたの望みは」
万千代「初陣を飾らせていただければと」
万千代からの書状が南渓のもとに届いていた。
その書状を読んだ直虎は、大きなため息を漏らした。
500本の木の切り出しと戦場への運送を頼んできたのだ。
それによって虎松が初陣を飾り武功を立てれば、一目置かれることは間違いない。それを狙ってもいるのだろう。
とはいえ、井伊谷は今では近藤家の所領だ。杉一本であっても勝手に切るわけにはいかない。そこの道理が分からず、井伊谷を我がものであるかのごとく頼みをよこすとは、なんという未熟者なのだろうか。
直虎はすぐに家康に宛てて文を書いた。
取り次ぎを通さず、直接手渡すようにと、家康と親交のある瀬戸方久に託した。
その内容とは、万千代を甘やかさないでくれ、そして、材木調達の役は近藤殿に命じてほしい、というものだ。
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