急いで部屋に戻ると、昊天と方久が安堵した顔で笑っている。
龍雲丸の顔を見ると、うつろではあるが目が開いている。
直虎「気が付いたのか、頭」
龍雲丸「変わった経が聞こえてきて……なんでぇと思ったら……」
直虎「よう戻ってきたの…」
龍雲丸の手を握り、涙をこぼした。
そんな直虎の姿が嬉しくて、龍雲丸も傷の痛みに顔をしかめながら微笑んだ。
気賀での出来事は、南渓から聞かされた。
龍雲丸「さようにごぜえますか。城で拾うていただいて…。他の皆は?」
南渓「分からぬ。どこかへ逃げ延びたかもしれぬし。あの場所じゃ、波にさらわれてしもうたのかもしれぬ」
龍雲丸「さようで…」
南渓「頭。戻ってくれて礼を言うぞ」
龍雲丸「そりゃ、こちらの言うことでは」
南渓「政次を失い、もう手が離れておったとはいえ、縁のあった気賀の城も滅んだ。井伊という家の命脈も失った。次郎にとって、そなたを守りきれたことはどれほど支えになるか」
龍雲丸「…俺なんぞでよかったんですかね?」
直虎はしっかり休み、翌朝から龍雲丸の世話を再開した。
その傍らでは方久も手伝っている。
薬湯の入った茶碗を差し出すと、龍雲丸は少しだけ飲んで顔をしかめた。
龍雲丸「こりゃあ人が口にするもんじゃねえでしょう」
直虎「良薬は口に苦しというであろうが」
龍雲丸はしぶしぶながら一気に飲み干した。つい先日まで飲み込むことができなかったのに、よく回復したものだ。
方久「自分で飲めるようになりましたなぁ」
直虎「のぉ」
方久「吸い飲みでも受け付けず、一時はどうなることかと…」
龍雲丸「…あの、吸い飲みでなきゃ、俺ぁどうやって飲んでたんでさね」
直虎はギクッとした。
直虎「あ、和尚様が口移しでの」
龍雲丸「お、和尚様が!?」
直虎「うむ。感謝するがよいぞ」
龍雲丸は呆然として、「和尚様…」と呟きながら自分の唇を触っている。
直虎が目をそらしていると、そこに南渓が入ってきた。
南渓「頭、具合はどうじゃ?」
龍雲丸がギョッとしたのを見逃さず、南渓がそばに寄ってきた。
南渓「どうかしたか?」
龍雲丸「いえ、別に」
龍雲丸は気まずそうに目を伏せている。
南渓はますます気になり、親身になって龍雲丸の手を取った。
南渓「なんじゃ、遠慮せずに言うてみよ」
龍雲丸「いえ、まことになんでも…」
龍雲丸は手を離して逃げるが、さらに近寄っていく。
南渓「なんじゃ、水くさい。次郎には言いにくいことか」
やりとりを見ていた直虎が堪えきれずに噴き出した。
笑い転げる直虎を見て、龍雲丸もつられて笑った。
龍雲丸「何がそんなにおかしいんでさぁ」
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