男たちの悪評は、その後も続いた。
どぶろくを盗まれた者や、娘が追い回され襲われかけたという話もあった。
そのたび、犯人と疑われた男とともに龍雲丸も呼び出された。
男「俺らを疑う前に、そいつらが嘘ついてねえかどうか調べたらどうなんだよ!」
直之「ただの百姓と海千山千の賊がおったら、まずお主らから疑うのが常道であろう!」
龍雲丸が半笑いで応じる。
龍雲丸「なら、そもそもこんな話なぞ持ってくるなって話じゃねえですかね」
龍雲丸「今日までのもん頂ければ、こちらは引いてもかまわねえんで。そちらで話し合っていただけやすかね」
井伊の居館に家臣たちを集め、評定を開いた。
政次「井伊の領内に分かる人間がおれば、次からはよそ者を頼む必要はなくなる。百姓にやらせれば、冬場の小遣い稼ぎにもなる」
六左衛門「確かに、ちょうど野良仕事も休みですしな」
方久「まぁ、井伊を潤すという意味では、それが最も理にかなっておりますな」
六左衛門が同意し、方久も納得して頷いている。
そこに、直虎が割って入る。
直虎「われは、あの者たちと役目を通じ、助け合う間柄になりたいのじゃ。使い捨てることは本意ではない」
政次が冷たく軽蔑したような視線を向けたが、直虎は引き下がらない。
直虎「堀を造るに長けた者、船に乗れる者もおるという。あの者たちと通じておくことは、井伊の民にとり、どれだけの助けになるか分からぬ」
政次「その井伊の民が苦情を訴えてきておるわけです」
直虎は言い返すことができない。
政次「つながりを保ちたいと思うておるのは、殿だけなのではございますまいか」
政次は、直虎が龍雲丸に対して抱いている感情を見抜いているかのように、鋭く指摘した。
政次「去らせるほうがお互いのためかと思います」
その後も、直虎は男たちを留め置く方法がないか、懸命に考えた。
しばらくして、直虎は宴の席を設けた。
直之「猪を落とす穴を掘ったのですが、落ちたのは仕掛けを忘れたこいつだけで」
満面の笑みで直之がそう言うと、百姓の一人を指差した。
龍雲丸の手下の男たちや百姓たちも大声で笑っていた。
離れて見ているだけでは、恐れや思い違いが生じてしまう。
何かのきっかけでお互いに近づけば、すぐに打ち解ける。
そして、同じ敵に向かえば、手を結んで仲良くなるはずだ。
そんな直虎の思いが、井伊の民と男たちの距離を縮める結果になった。
どぶろくを盗んだのは、百姓仲間同士だったこと、娘を追いかけたのは、落としたお守りを渡すためだったことが、この宴の席で明かされた。
龍雲丸は、直虎に近付き、一礼した。
龍雲丸「今度、猪を取ってきますんで」
直虎「(…ということは、井伊谷に残るということか…!)」
目を輝かせる直虎に龍雲丸が笑顔を向ける。
龍雲丸「お役目、続けてよろしいですかね?」
直虎「もちろんじゃ、もちろん! よろしく頼む!」
その様子を離れて見ていた政次は、感情を飲み干さんばかりに酒を飲むと、足早に席を離れた。
直虎は、完全に目が据わるほど酔っていた。
龍雲丸に絡んで離さないが、巻き添えを恐れて誰も近づかない。
龍雲丸「猪を獲りにいってきますね」
直虎「そうやって、われの元から去るつもりであろう。どうせそなたは…どうせどこかに子でもおるのであろう!」
なんとか逃げ出そうと、龍雲丸は必死だ。
龍雲丸「あ、酒とってまいりますね」
直虎「ある!」
そう言うと、さらに盃に注いだ。
直虎「そなた、このまま井伊に残れ」
さらに真剣な表情になって龍雲丸を見つめる。
直虎「われのものになれ!」
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