六左衛門は、すぐに直之を連れてきた。
直之「すぐに後見を降り、駿府の言うことをお聞きなされ」
直虎「…嫌じゃ」
直之「直親様のご最期をお忘れになられたのか!あの二の舞となればどうするおつもりじゃ!」
直虎「そうはならぬよう、考えておる」
直之「供の者を犬死にさせるおつもりか。殿が駿府へ行く。ずらずらと人がついていく。その先には犬死にしかなかろうが!これ以上、井伊から人をなくしてどうするおつもりか。後見を降りると言え!」
直虎「誰に向かってものを言うておる!」
六左衛門は天を仰いでいる。
さすがに言い過ぎたと直之は押し黙り、分かった、と小声で言った。
直之「勝手になさるがよい。おなごの浅知恵にはつきあいきれぬ」
直虎「負けることしか考えぬ、おなごの腐ったような男など願い下げじゃ!」
直之は、怒りの形相で出ていった。
その後を六左衛門が追いかけた。
直虎はため息をつくと、しばし考え込んだ。
直之以外に武人たちを率いる者はいない。
多くのお供を危険にさらして同行させるのはまずい。
考え込んだ結果、傑山(市原隼人)、昊天(小松和重)、龍潭寺の腕利きの僧たちを引き連れていくことにした。
駿府に出立する前日、直虎は龍潭寺の井戸端に向かった。
井戸の脇には背の高い橘の木がある。
直虎は、橘の白い花が咲いているのを見つけた。
「直親…」
橘の花は、井伊の家紋に使われている花だ。
この花を直親(三浦春馬)に見立てて話しかけるなど初めてのことだった。
直虎「因果なものでな。明日、われも駿府に申し開きに行くことになった」
心細いのか。
直親と同じ目に遭うことを恐れているのか。
直虎「いざとなれば尻尾を巻いて帰ってくるつもりだが、できれば道中を守ってくれるとありがたい…」
すると風が吹いた。
その場に爽やかな香りが揺れた。
直虎は安堵し、その場を後にした。
翌日。
初夏の爽やかな空が広がっていた。
家内のほとんどの者に知らせず、見送りにきたのは六左衛門と祐椿尼(財前直見)だけだった。
直虎「では、六左。留守を頼んだぞ」
六左衛門「それがしは、己が情けのうございます。中野殿は説得できず、殿をむざむざ駿府に向かわせ…」
直虎「おなごを手にかけるほど今川も落ちぶれてはおるまい」
直虎は明るい声で言った。
直虎「では、母上」
祐椿尼「直虎。まずいと思ったら変な意地を張らず、すぐに逃げ帰るのですよ。約束ですよ」
直虎「はい。行ってまいります!」
道中に何者が待ち伏せしているかわからない。
気を張ったまま、直虎たちは寿桂尼が待つ駿府に向けて歩きだした。
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