怒りをぶつけるように、万千代は言い放った。
「では、何ゆえあの日、降りられたのじゃ!」
隠れ里をともに守ろうと言っておきながら、なぜ当主の座を投げ出したのだ!
直虎が口を開きかけたとき、横合いから鋭い声が飛んだ。
「騒がしい、何をしておる! 常慶、この者は?」
常慶「井伊の先代、直虎様にございます」
重臣らしい男の横には、恰幅のよい男が立っていた。常慶と万千代、万福が急いで平伏する。
男が家康(阿部サダヲ)だと察した直虎は、3人に続いて平伏した。
家康「井伊殿。しばし、
返答を待たずに、家康は続けた。
家康「せっかく来られたのじゃ。ぜひ、話がしてみたい」
広い座敷で向かい合うと、家康が切り出した。
家康「今日は井伊のご家名のことでおいでになったのか」
井伊の生き残りとしては、やりにくいことこの上ない。松下にも近藤に対しても顔向けができない。直虎は、はっきりと言い切った。
直虎「加えて、潰れておる家の者であるからこそ、話が通ることが多くございますゆえ」
潰れているからこそ、私が何を言い出そうと、お家のためではなく、民や、井伊谷という土地にとってよいことだと信じてもらえるのだ、と直虎は続けた。
家康「…松下のみならず、井伊の者すら、万千代の、ある意味わしがやったことを喜んではおらぬと」
直虎「恐れながら、迷惑千万にござります」
苦笑する家康に、直虎は最も知りたいことを聞いた。
直虎「そもそも何ゆえ、あの子の言葉をお聞き入れくださったのですか。徳川のお家にとり、井伊の家名回復になんの利があるものか、私には測りかねます」
すると、家康は即座に3つの理由を挙げた。
直親のときも、井伊谷に攻め入ったときも、井伊を助けたかった。が、助けうるだけの力がなかった。その悔いから解き放たれたかったというのが一つ。
二つ目は、瀬名(菜々緒)の望みを聞き入れてやりたかった。
そして三つ目は──。
「万千代が、武将として大きく育つと思うたからじゃ」
育つ?
問い直す直虎に、家康はゆっくりと答えた。
「松下の跡取りとすれば、皆の目は温かい。じゃが井伊の遺児となれば、さまざまなことを言われることと思う。今川の国衆の子、銭で潰れた家の子、あるのは家格だけ。…なれど、あの子は、叩かれれば叩かれるほど奮い立つような気がしての。違うか?」
直虎「…いえ、仰せのとおりにございます」
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