一面の焼け跡となった井伊谷に直虎は戻った。
隠し里に向かうと、すぐに里に戻れるようになると村人たちに告げた。
直虎「武田の軍勢は西へ急いでおるらしく、早々に出立したそうじゃ。残念ながら、家々は焼かれてしもうたが…」
そう言うと、武田に火をかけられてしまったことを詫びた。
すると、思いがけず明るい表情で、一同は口々に言った。
「なんで、おとわ様が謝るで」
「ほうだにぃ、一人も死なんかったじゃんねえ」
「どうせ、家もボロボロやったしやあ」
「建て替えるんに、いっそ都合がいいじゃん」
「みんなして、前よりいい村にしまい。のぉ!」
復興の槌音と村人たちの歓声で、村々は次第に活気にあふれていった。
初夏になり、直虎と龍雲丸が堺へ旅立つ朝が訪れた。
見送りに出てきた一同と別れの挨拶を交わした。
直虎「高瀬、何かあったら一人で抱え込まず、母上や昊天さんに相談するのじゃぞ」
龍雲丸「いざとなったら堺に逃げてこい。いつでも面倒見てやっから」
浮き立つような気分の一方で、直虎は妙な違和感を覚えていた。南渓(小林薫)たちの様子がおかしいのだ。切迫した気配を懸命に押し殺しているような感じがするのだ。
直虎「…和尚様。何か?」
南渓「いや。なんでもない。二人とも達者でな」
慌てて笑って見せて、南渓は答えた。
その後ろで、傑山が直之に耳打ちしている。その瞬間、直之がぎょっとした顔になった。
中村屋「では、参るといたしましょうか」
この日のために、気賀まで船で来てくれた中村屋(本田博太郎)が二人に声をかけると、龍雲丸とともに歩き出した。
直虎もその後ろに付いて行くが、気もそぞろである。
ちらちらと振り返っていた龍雲丸が、急に直虎の手首を掴んだ。
そして中村屋に一礼すると、来た道を戻り始めた。
龍雲丸「帰んぞ」
直虎「待て、われは帰らぬぞ! ともに堺に」
龍雲丸「城も家もなくともさ、あんたはここの城主なんだよ。根っからそうなってんだよ。だから戻れ。あんたには、戻ってやんなきゃいけねえことがあんだろうが!」
直虎は思わず俯いた。
そこに龍雲丸が柔らかな口調で続ける。
龍雲丸「何も今無理やり行かなくてもよ。やることやって終わったら来りゃいいじゃねえか。…待ってっから」
直虎「そんな日など、来るわけないではないか」
足を止めて、直虎は言った。
声がかすかに震えている。
直虎「ここで行かねば、頭とともに生きることなどできぬではないか!」
龍雲丸は直虎を抱き締めた。
背を撫でながら優しく語りかけた。
龍雲丸「んなこと分かんねぇじゃねえか。あと十年、二十年」
直虎「嘘をつけ。十年も二十年も待つわけがない…」
龍雲丸「あんたみてぇな女がほかにいるかよ」
この時が永久に続くことを直虎は願った。
龍雲丸「情にもろくて、泣いたり怒ったり忙しい。そいつがなんでか兵一人使わず町を手に入れ、人一人殺さず戦を乗り切り、したたかに世を変えていくんだぞ。そんな女がほかにどこにいんだよ。なぁ!」
頭の中を一旦リセットして、明るい将来を思い描いた。
押し返すようにして龍雲丸から離れると、直虎はにこりと笑ってみせた。
直虎「…達者でな」
龍雲丸「そっちも…」
唇同士が強く熱く重なった。
これが最後だ。
愛を注ぎ続けてきた男に、直虎は心の奥で別れを告げた。
その頃、南渓たちは激しく動揺していた。
信玄が客死したという知らせが入ったのだ。
病が悪化し、甲斐へ兵を引く途中で、ひっそりと息を引き取ったのである。
信玄の死に勢いを得た家康(阿部サダヲ)は、武田勢を遠江から一掃することに専念する。
井伊谷は再び徳川領となり、新たな歴史を刻み始めることとなった。
天正2(1574)年12月14日。井伊家は直親の13回忌法要を執り行った。
久しぶりに目にする少年の成長した姿を、直虎は感慨を込めて見つめた。
「松下の虎松にございます」
虎松(菅田将暉)を松下家の養子としたのは5年前。9歳だった男児が、14歳となって目の前にいる。
井伊家は潰す、再興は諦めよと言い渡したことを恨んでいるのだろうか、と直虎は思った。
虎松の目に、挑戦的なものを感じたためだった。
[次回] 第39話「虎松の野望」あらすじとネタバレは近日更新
大河ドラマのノベライズ版はこちら。
サウンド・トラック
コメント