龍雲丸は廊下から二人の様子をのぞいていた。
よかったな、尼小僧…そう思って微笑んでいると、前方から方久と辰がやってきた。
何かがいつもと違う…気付いた龍雲丸は目をむいた。
龍雲丸「その頭…」
なんと、二人とも見事に剃り上がっている!
方久「昊天様に弟子入りをしようと決めました」
龍雲丸「で、弟子入り?」
方久「もう戦道具は売りませぬ。たとえ、いかに儲かろうとも。では何を売るか。戦道具と同じほど儲かり、しかも人を助けるもの。それは薬にございます!」
結局儲けたいんじゃねえか…龍雲丸はあきれた。
方久「これよりは薬を商います。ないところにはばらまき、あるところからはぼったくり! そうして再び巨万の富を得とうございます!」
龍雲丸「…ま、毒は売らねえようにな」
方久「そうじゃ。頭はこのあと、どうするのじゃ?」
龍雲丸「そうでさぁねぇ…」
龍雲丸は、しばし流れ雲の行先を見つめていた。
昊天と小坊主が何やらざわついている。直虎が尋ねると、龍雲丸の姿が見えないのだという。
起き上がれるようになったばかりで、完治には程遠い状態だ。
直虎「捜してきます」
直虎はすぐに駆け出した。
夜明け前になって、直虎は気賀にある龍雲党の根城に到着した。
薄暗い中捜し回ると、うずくまっている人影が見えた。
駆け寄ってみると、龍雲丸が痛みに顔をしかめて脂汗を浮かべていた。
龍雲丸「尼小僧様…」
直虎「まったく、なんという無茶をするのじゃ」
龍雲丸「大事ねぇかと思うたのですが…」
直虎「ばかではないのか! 傷はふさがったばかりであろう!」
叱りつけると、布団代わりに使えそうなものがないか物色しだした。
龍雲丸は、直虎の背中をじっと見つめた。
こんなところまで俺なんかを捜しに来て、ばかはどっちだ…。
龍雲丸「悪運が強えというか…なんでいつも俺だけ生き残っちまうんでさぁね」
直虎「…われもじゃ、頭。われも、わればかりが生き残る…何故、いつもそうなるのかと。こたびも何故、但馬ではなく、役立たずのわれが生き残ってしまったのかと思う」
涙が出そうになるが、グッとこらえた。
直虎「なれど、そなたを助けることができたことだけはよかった…そなたが生きておってくれてよかったと…」
直虎の胸が詰まった。
顔をそむけると、龍雲丸が手で自分の目を覆い隠した。そして、もう片方の手が、そっと直虎の手を握り締めた。
掛川城では、氏真と春が慌ただしく出立の支度をしていた。
春の実家・北条家へ身を寄せることにしたのである。
氏真の表情に悲愴感はない。むしろ、遠駆けにでも出掛けるような気軽さだ。
まじまじと見ている春に氏真が気付いた。
春「何やら、妙に晴れ晴れとしたお顔をしておられるので」
氏真「…叱られるかもしれぬが、肩が軽うなった。桶狭間から十年、わしは身の丈に合わぬ鎧を着せられておったような気がするのじゃ。これからは、わしのやり方でも舵取りができるような気がしてな」
そう言うと、氏真は笑った。
そんな夫が嬉しくて、春も「頼りにしております」と笑顔を見せた。
わずかな手勢を連れて夜のうちに掛川城を出立した。これにより、名門中の名門であった東海の雄・今川氏は滅亡した。
かくして、遠江全域は徳川の治めるところとなった。
「…入れたの。入れてしまったの!」
朝になって入城した家康は、とぼけてはしゃいだ。
一方、忠次はにこりともしない。
忠次「これで済むとお思いですか? 武田は怒り狂いましょう。今度は何を仕掛けてくるか」
家康「…まぁ、なんとかなるのではないか?」
家康は、自分に言い聞かせるように言った。
「きっと、なんとかなる」
同じ頃、龍雲党の根城に二人の姿はすでになかった。
短い伝言だけが残された。
「井伊で待つ」
[次回] 第36話のあらすじとネタバレは近日更新
大河ドラマのノベライズ版はこちら。
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