関口は、表に現れなかったくせに、社殿の中でふんぞり返っていた。
そこに政次と直虎がやって来た。
政次「夜分、ご無礼いたします。わが主が徳政令を拒んでおると聞き、連れてまいりました」
関口「百姓らが焚きつけたのか」
政次「どうもひとりでに起こったことのようですが、騒ぎの責を負い、徳政令を受け入れると先ほど言明いたしましたゆえ、ここに」
関口「なんじゃ、口ほどにもない」
関口がせせら笑う。
直虎は拳を固く握りしめながら、はい、と答え屈辱に耐えた。
関口は供の者に指示をして、用意されていた書状を読み上げた。
直虎はそれを聞きながら、かつての徳政令を巡る出来事が直虎の胸に去来していた。
関口「──よって件のごとく申し付ける。井伊殿、委細相違ござらぬか」
直虎「…相違ござらぬ」
関口「では、本日をもち、井伊はこの地の安堵を失い、井伊谷は今川の直轄となる」
関口は満足げに宣言し、直虎の目の前に書状が置かれた。
政次に促されて、名と花押を書き入れる。
拍子抜けするほどあっけなく、すべては終わった。
直虎が一人で社殿を出ると、そこには六左衛門が待っていた。
「殿…」
泣き腫らした顔で、笑ってみせている。
案ずるな、われは大丈夫だ──
そんな直虎の胸の内が、六左衛門にも伝わったのだろう。
六左衛門「…戻りましょう」
直虎「うむ…」
翌日、井伊一門の者たち全員を主殿に集め、直虎は井伊が潰れたことを伝えた。
高瀬「あの、それではこの先どうなるのですか?」
百姓の出で苦労してきた高瀬(高橋ひかる)は、さすがに切り替えが早い。
六左衛門「今川に刃向かったわけでもありませぬし、そうひどいことには…」
六左衛門は楽観的だが、祐椿尼(財前直見)がすかさず退けた。
祐椿尼「お取り潰しはお取り潰しにございましょう」
そのとき、政次が関口の手勢を引き連れて館に入ってきた。
弥吉「なにを! 無礼にも程がございますぞ」
弥吉(蔵本康文)を押しのけて、直虎に向かって言い放った。
政次「もうこの館は井伊のものではない! 急ぎ立ち退かれますよう。出ていかれねば、力に訴えねばなりませぬ」
直虎「…分かった。すぐに立ち退くゆえ、手荒なまねはよしてくれ。行くぞ、皆!」
直虎は率先して主殿を出ると、直之に指示を出した。
直虎と六左衛門は龍潭寺に向かった。
龍潭寺では、虎松(寺田心)、直久(山田瑛瑠)、亥之助(荒井雄斗)が手習いをしているところだった。
直虎「虎松、直久、われと共に行くぞ」
虎松「どこへ行くのでございますか」
直虎「あとで話す。よいから早うせよ!」
亥之助「え、あの、私は…?」
亥之助にはかわいそうだが、説明している暇はなかった。
直虎「…そなたはよい。あの、和尚様、虎松の行き先を…」
南渓「すでに傑山を向かわせておる」
直虎「かたじけのう存じます。では」
さすが南渓和尚(小林薫)は井伊一門の要だ。
昊天「井伊は取り潰されることになったので、ここにはおられぬようになったのです」
昊天(小松和重)が辛そうに口をつぐんだ。
それを見た亥之助はすぐに何かを悟ったようだ。
亥之助「もしや…伯父上がやったということですか?」
昊天が優しく諭そうとしたとき、亥之助は駆け出してしまった。
南渓「あれもそろそろ知らねばならぬ頃じゃろ」
コメント