2人の背後で足音がした。
振り返ると、次郎の姿があった。
「どうしたのじゃ」
次郎はきょとんとした顔をしている。
話は聞かれていなかったようだ。
ほっとした直親は、話題を変えようと懐かしい話を切り出した。
直親「井戸の子は、なぜ助かったのだろうな。
どれが正しい答えであったのであろうな。
和尚様に正解は聞けぬままじゃな」
次郎「あれはどれも正解らしいぞ。
答えは1つとは限らぬのじゃ」
次郎は真顔で答えた。
その様子を見た政次はふっと笑いかけた。
政次「では、駿府にいつものご挨拶に行って参る」
直親「よろしく頼むぞ、家老殿」
直親も笑顔で答えた。
次郎「何やら昔に戻ったようじゃの」
直親「竜宮小僧様のおかげでな」
次郎と直親はにこやかに政次を見送った。
これが、3人が顔を合わせる最後の時だった。
とある日、奇妙なことが起こった。
次郎が作務をしているところに、以前とは違う山伏が現れた。
山伏「次郎法師様はおられるか?」
南渓(小林薫)が目を丸くして山伏に声を掛けた。
南渓「常慶ではないか」
次郎「お知り合いですか?」
南渓「あちこちを回っておる風来坊でな。
どうしたのじゃ、今日は」
常慶(和田正人)「松平元康様より、お礼の品をお持ちしました」
次郎「お礼はもう頂きましたが…」
次郎はそう言いかけて、はっと気付いた。
この間の山伏は、今川の手の者だったのだ!
その頃政次は、寿桂尼(浅丘ルリ子)の前で凍りついていた。
寿桂尼「かような物が持ち込まれたのじゃ」
寿桂尼の手には、直親が書いた書状がある。
寿桂尼「そちらの殿が書かれたようであるが、松平と鷹狩りに行かれたのか」
政次「存じ上げませぬ。
しかし、殿の筆とは少し違いますような…」
寿桂尼が手を鳴らすと、男が入ってきた。
寿桂尼「これは、その者が持ち込んできたのじゃがの」
男の手には、やけどの跡があった。
と同時に、亡父(吹越満)の言葉がよみがえった。
お前は必ず、わしと同じ道をたどる。
政次は、がっくりと肩を落とした。
直親と次郎は、南渓の部屋にいた。
南渓「今川が仕掛けた罠…?」
次郎「おそらく、井伊は試されたのじゃ。裏切る前に芽を摘んでおこうと」
直親は、松平に助けを求めることを思いついた。
直親「松平に合力いただければ、今川に踏み込まれても戦うことができよう。和尚様、お願いできませぬか」
南渓と常慶、次郎は、直訴状を携えて三河の岡崎城へ向かった。
使者として岡崎城に入った常慶が戻ってきた。
常慶「合力することはできぬと…
兵を出す余力は今の松平にはござらぬとの事にございます」
次郎「こちらは助けてやったではないか!」
次郎は瀬名に掛け合った。
自分とともに人質となってくれれば、今度も元康様は折れる。
合力してくれる。そう考えた。
ところが、瀬名は首を縦に振らなかった。
瀬名「私どもでは人質にはなりませぬ。
こたびこそ、捨て置かれるだけにございます」
打つ手のなくなった次郎は、ひどく落ち込んで井伊谷へ戻った。
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