直虎は閉じ込められた部屋で座禅を組んだ。
政次は何を考えているのか、悪いほうへ悪いほうへと想像してしまう。
心頭滅却しようと一人集中した。
そこへ、見張りの者が入ってきた。
見張り「庭へ来いとの仰せじゃ」
直虎「なぜ庭へ?」
見張り「虎松の首をあらためよとの仰せじゃ」
絶句していると、有無を言わさず連れ出された。
主殿には関口、庭先には政次たちが控えていた。
庭の片隅に、南渓と昊天、領民たちも呼ばれている。
政次に向かって「どうなっておる?」と問いかけるように見やるが、無表情に見返してくるだけで、表情から何も読み取れない。
関口の家来「こちらじゃ。まず、そちからあらためられよ」
直虎はとても見ることなどできない。
万が一、虎松の首であったら…。
「あらためられよ!」
正気を保てる自信はない。覚悟して首桶を開けた。
中には、子どもの首が入っていた。
関口の家来「何故、かような厚い化粧を施しておる! これでは分からぬではないか!」
政次「虎松君は疱瘡を患っておいででしたので、せめてかようにするが礼儀かと…」
恐ろしい流行り病にかかっていたと聞いた関口たちは、思わず身を引いた。
政次「いかがいたしましょう。拭き取れと仰せなら拭き取りますが」
関口「もうよい! 分かった!」
直虎の目が、涙で潤んだ。
政次「では、これを駿府に」
関口「さようなものを持ち込んで、駿府に疱瘡が出てはいかがする!」
そのとき、震える読経の声が辺りに響いた。
首桶を前に、直虎が涙を流しながら経を唱えている。
やがて、経を唱えつつ、死に化粧を施された首を抱いた。
関口の家来「…ようも、あのようなことができるな」
南渓「我が子ならば、抱かずにはおられますまい」
そう言うと、南渓も経を唱え始めた。
昊天も続いた。
歌うような経を聞きながら、政次はゆっくりとまぶたを閉じた。
井伊が潰れ、政次が城に入ったと聞いた龍雲丸(柳楽優弥)が、事情を聞きに南渓を訪ねた。
龍雲丸「じゃあ、皆、無事は無事なのか」
南渓「うむ、一人を除いてはの」
龍雲丸「一人?」
南渓「どこの誰とも分からぬ子が、一人のうなった」
龍雲丸は何のことかわからない。
南渓「虎松の身代わりに、但馬が殺めたのじゃ…」
龍雲丸が寺の井戸端を向かうと、直虎が土を掘っていた。
龍雲丸「尼小僧様」
直虎「悪いが、取り込み中での」
そっけなく言うと、また作業に戻った。
龍雲丸「手伝いましょう」
直虎「よい…頼むから向こうへ行ってくれ」
龍雲丸「その子の親は、その子を売ったんだ。もう長くもねぇって。」
直虎の手が止まった。
龍雲丸「あの人はその子を斬ったこと、恐らくこれっぽっちも悔いちゃいませんよ」
直虎「頭に何が分かる!」
龍雲丸「あの人は、守りたいから守ったんでさぁ」
たとえ、自分一人が地獄に行くことになろうとも。
龍雲丸が立ち去ると、直虎は首桶を埋めた。
井伊のために命を捧げてくれた者を、せめて井伊ゆかりの地に葬ってやりたかった。
直虎は土饅頭に手を合わせ、決意を新たにした。
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