祐椿尼が続けた。
「皆さまにはどうか、亥之助のこともお考えいただきとう存じます」
一同がハッとした顔になった。
奥山が小野を討ったら、父の家と母の家が殺し合うことになってしまう…。
孫一郎「しかし、小野が父を殺したは事実。なんの咎めもなしというはあまりにも!」
孫一郎がそう主張したが、直親が静かに語り始めた。
直親「但馬は刀を抜いておりませぬ。
舅殿が刺されておったは、おのが脇差しでございました」
「抜いたのは、脚の悪い奥山殿ということでございますか」
茫然となる左馬助に、直親が頷いた。
直親「但馬は身を守るために仕方なく刺してしまったのだと思います。
…義理の父の仇を討てぬのは口惜しい限りでございますが、これを咎めることもまたできぬと、それがしは存じまする」
この一件は落着した。
直親は直感の赴くまま龍潭寺に向かった。
思った通り、涸れ井戸のそばに政次がいた。
直親「やはり、ここか」
政次「なつから聞きました。
それがしの庇い立てをしてくださったそうで…
かたじけのうございます」
直親「俺は信じたぞ、鶴」
直親「これで、検地のときの借りは返したからな」
政次「亀、義父上をすまなかった」
直親「…俺だってああする」
少ない言葉を交わすと、直親は龍潭寺を後にした。
次郎は裏で動いていた。
政次が朝利(でんでん)の供養のために写経を始めたという噂を流した。
一方で、政次には写経をするよう勧めた。
次郎「どうも奥山殿が成仏されておらぬようなのじゃ。昨夜、獲物を探すように本堂をうろついておられた」
政次は戦慄し、次郎の勧めに従った。
その様子を知った井伊家の皆は、政次も心を入れ替えたのだと思うようになっていった。
事件の遺恨は、徐々に薄らいでいった。
永禄4(1561)年2月、直親としのの子が誕生した。
待ちに待った井伊家の跡取りとなる男児だ。
お披露目の宴席が開かれ、井伊の居館には久々に歓喜と笑顔が満ちあふれた。
直平(前田吟)は赤子を抱いて叫んだ。
直平「お前の名は虎松じゃ!
勇ましいよい名であろう!」
直親「虎は子を大切にするそうにございます。
私も、虎松もまた、さような親であれかしと思うております」
直親がそう言うと、大きな喝采を浴びた。
宴席には政次も顔を出した。
祝いの品として、とある覚書を持参した。
亡父の政直(吹越満)が、今川の下知という形で直親の亡父・直満(宇梶剛士)から奪い取った、井伊家の所領に関する覚書だ。
直平「これをすべて虎松に返上すると申すのか」
直平は仰天した様子だが、政次は冷静に返した。
政次「はい。天文13年の井伊に戻したく存じます」
直満が討たれ、政直の謀略が疑われた年のことだ。
亀と鶴だったあの頃の関係に戻りたい。
信義と友情を取り戻したい。
直親は、そんな意志を感じ取った。
直親「心得たぞ。以後もよろしく頼む」
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