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真田信繁直筆の手紙が現存する!大坂冬の陣の後に姉宛てに書かれた書状

   

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真田昌幸の長女である松(村松殿)。真田丸では、失踪して数年後に見つかったものの記憶をなくしており、徐々に記憶を取り戻していく姿が丁寧に描かれていました。

真田信幸・信繁兄弟は、姉である村松殿を常に信頼し、慕っていたと言われています。

そんな真田信繁から村松殿に宛てた手紙が現存しているのでご紹介します。

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信繁から村松殿に宛てた手紙

大坂冬の陣の後に、村松殿からの便りの返信として走り書きした手紙であると推測されます。女性宛ての手紙であるため、ひらがなを多用した優しい文面になっています。

真田信繁から村松殿に宛てた手紙

真田信繁から村松殿に宛てた手紙

読み下し文

たより御さ候まゝ
一筆申あけ候
さてもさてもこんと
ふ里よの事ニて
御とりあいニ成申
王れ王れここもとへ
まいり申候きっかい
とも御すい里やう候べく候
ただしまつまつ
あひすミ王れ王れも
志尓申さす御け
さんニて申たく候
あすニてかハり候ハんハ
志らす候へともな尓事
なく候志ゅせんとのニも

さいさいあひ申候ても
ここもととりこミい申候
まま心志つかニ申うけ
た満ハらす候ここもと
な尓事もなく候まま
御心やすく候べく候
くハしく申たく候へとも
此ものいそきたち
なから申入候まま
さうさう申候かさね
て申入候べく候
 かしく

正月廿四日

むらまつへ さえもん
まいる   春け

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口語文

便りいただきましたので一筆申し上げます。
さてさてこの度思わぬことから、戦いになりまして、私ども(信繁・大助父子をはじめ一族郎党で大坂城に居る者)こちらへ参りました。奇怪なこと(あやしい事・けしからぬ事)とお思いのことでしょう。

しかしながら、まずまず無事におわりましたので、私どもも死なないですみました。お目にかかってお話を申し上げたいと思います。明日にはどうなるのか、わからない情勢ではありますが、今は何事もありません。

主膳殿(小山田茂誠と村松殿の子供)にも時々逢っていますが、こちらの方が取り込んでいて忙しがっていますので、ゆっくりと話を聞くこともできませんでした。こちらは変わった事もありませんのでご安心下さい。

詳しく申し上げたく思いますが、この者(使者)が急いでいますので立ったまま申し入れましたので、あわてて書きました。またお手紙差し上げます。

かしく

村松殿が住んだ館跡

小山田茂誠と村松殿夫妻が居住したと伝わる館跡が、長野県小県郡青木村にあります。「村松の宝篋印塔」のすぐ近くが館跡といわれています。

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